男は黙ってキックでかけろ!

モーターサイクルは男を作る。
そんな諺が英国にあるそうだ。
それは本当だろうか?

小一時間夜の街を流し、次のライドに向けてガスを入れることにした。
このあいだ、ガス欠寸前で長期保管したところ、ものの見事にガソリンからっけつという、しょーもない落ちを食らっちまった俺である。
それを繰り返しまいとある程度ガスを入れて保管するのを習慣としているってあんばいだ。
行きつけの大型セルフスタンドに入り、ガスを入れて釣り銭を受け取り、さてキックを踏んでエンジンをかけよう・・・かけようとした。
しかしかからない。
何度踏んでもウンともスンとも言わない。
かぶったのかもしれないので、アクセル全開でキックを数発踏み、再度キックを踏んでみると・・・バックファイアーが丸いエアクリーナー外周を、輝くオレンジの炎で一瞬飾る。
プラグに火は飛んではいるようだ。
ポイントに問題があるかと見てみるが、接点もギャップも異常は見えず。
タイミングがずれたのだろうかとセッティングのせいにしてみる俺なのだが、点火タイミングを遅らせてみても、一向にかかる気配がない。
アクセル全開空キック10回、そしてキック。
バックファイア。
点火タイミング変更。
やけっぱちのぱっちぱちになっちまった俺は、悪あがきにそのままキックを連続でかましてみる。
プスンとも言わず、俺は唯々むなしい無駄な努力に体力を消耗した悲しい事実にうちひしがれる事しかできなかった。
だがしょぼくれてもエンジンはかからねえ!!
空キックでプラグ乾かし、本キック、そしてバックファイア。
そういえば、バックファイアしてもエアクリーナーが外れないな。
以前強烈なバックファイアが起きたときは、黄色い炎と共にエアクリーナーが吹っ飛んで行き(俺のHSRのエアクリーナーは引っ張っただけで外れる仕様)、キャブも外れてブラブラになったものだが・・・。
火が弱いのかもしれない。
プラグを外してみたら案の定ア○○カの○○よりも真っ黒。
これじゃ火も飛ばないのは当たり前。
新品に交換し、再びキック。
新品交換だからこれでかかるはずなのにかからない。
再度空キックを数回繰り返し、渾身の力を込めてキックを踏みおろすと・・・
バスバスバスッッ!!とスパトラサウンドを放ちつつ、遂にエンジンはアイドリングを刻むに至ったのであった。

約一時間。
付いているセルモーターのボタンを押せば3秒もかからず解決する事に、それこそ1時間もかけてしまったわけが、この事態にセルボタンを押すことは絶対にしてはならない。
この場面でセルに逃げたら、それは決定的な敗北を意味する。
男のロマン、キックスタート道の世界に脚を踏み入れた以上、セルスタートへの逃走は決して許されない屈辱的大罪である。
何よりこいつは自分のバイクからの挑戦でもあるのだ。
その挑戦、正面から受けてやらずどうせよと言うのか!?
あまりにもささやかな、そして鉄のように硬い男のロマン。
バイクと人間との真剣勝負。
それが、掛からない時のキックスタートなのである。

結果的にその勝負でエンジンを掛けることに成功した俺は・・・辛勝だったと言えるのか。
正直逃げてしまいたかった。
折れてしまいそうだった。
しかし逃げずに1時間も粘って最終的にエンジンを掛けることに成功した!
汗びっしょりになって、エンジンの鼓動でブルブル震えるバイクを見ていると、何とも言えぬ感動にも似た滾りを禁じ得ない・・・。

が、成し遂げた実感と同時に、原因の追求も始めなくてはならない。
本来なら滾っている場合ではないのだが、この困難を乗り切った感動を前に、それに水を差すような現実は目を向けるに値しない・・・言ってしまえば、こんな時ぐらい現実逃避をさせてくれよおっかさん、というわけなのである。

結論から言えば、キャブがかぶり気味だった上、俺のキックのやり方が悪かったってのが真相だったようだ。
その結果さらにプラグがかぶってススだらけになってプラグ死亡。
そんな感じだったようだ。
機械のせいにして点火時期をいじったり悪あがきをしていたが、何のことはない。
俺のキックスタートが下手だっただけだった。
その代償が1時間であり、筋肉痛とけっちんの衝撃に痛む右足な訳だ。
10年以上乗っていて、俺はそのバイクのエンジンすら満足にかけられない未熟者であったという訳か。
それを思い知らされたということを加味すると、辛勝しただなど滑稽千万。
俺は思いっきりバイクに思い知らされただけであった。
そして思い知らされた俺は、少しだけ成長した。

モーターサイクルは男を育てるのである。


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